不況期に会社を守るための人材活用のあり方について人員削減・整理に踏み出す前のポイントを弁護士が解説します
目次
不況期に会社を守るための人材活用のあり方
新型コロナウイルス感染拡大の影響で「3密の回避」が普及したため、大勢の人が外出をしたり、顔をあわせて夜遅くまで同じ時間を過ごすということ自体が行われなくなってきました。その結果、飲食業、宿泊業、観光業を中心に、事業活動に大きな影響が生じています。とりわけ、観光都市である京都においては、人の流れが途絶えた結果、他の地域と比較しても事態は深刻であるといえます。
新型コロナウイルスは、人々だけではなく、企業の健康にも害を与えてきました。これまで、雇用調整助成金、休業支援金・給付金、時短協力金など、様々な支援策が国や自治体によって講じられてきましたが、企業の健康を取り戻すためには、こうした対処療法を経た上で、予後の体力を回復するためのリハビリや体質改善が必要不可欠です。
厳しい経営状況の下では、事業規模の縮小や、人員削減・整理という決断も避けられないことがあります。しかし、人材は企業の体力そのものといえます。アフターコロナの時代に企業の健康を回復していくためには、そのための基礎体力を損ねることとなる人員削減・整理は、本当に最後の手段としなければなりません。
不況期に会社を守るためには、人員削減・整理という方法だけでなく、残った人材が意欲を持って働き続けることができるよう、企業の労務体質が改善されなければなりません。
働きぶりが評価される給与体系の導入
不況期に会社を守るためには、その先にある回復期において、いかに優秀な人材を活用できる態勢を整えるかということが最重要の課題となります。そのためには、働きぶりが評価される給与体系の必要です。
少し前から、従業員の給与を定めるために、能力や成果を評価した上で査定をするという方法が進められるようになりました。しかし実際は、こうした評価制度を導入してみたものの、うまく機能しないという例が多いのではないでしょうか。その原因のほとんどは、評価の仕組み自体が企業の実態や規模に合わないことによります。
- 総務部門や営業部門など、職種が違っているのに同じ評価基準を使っている。
- 業務への積極性や向上心など、主観的な要素を評価の中心に据えている。
- 評価の基準が従業員との間で共有されていない。
- 会社が行った評価に対する従業員への改善指導体制が整っていない。
- 中間的な評価に集中してしまい、結局、現状維持のままとなってしまう。
このような運用になっている評価制度はすでに機能不全の状態にあるといわざるをえないので、すぐに見直す必要があります。
不況期に会社を守るためには、会社だけでなく従業員にも努力を求めなければなりません。しかし、どれだけ頑張っても、それが評価されなければ、従業員の意欲が高まるはずがありません。厳しい経営状況の下、すぐには無理かもしれませんが、制度として、従業員の努力に報いることができる仕組みを作ることは、不況期だからこそ重要となります。
給与体系を変更することは、これまでの条件の変更を伴うので、従業員の理解なしには進められません。そのため、導入までに従業員と協議を尽くすことが必要不可欠であることはいうまでもありませんが、そもそも変更後の給与体系それ自体が理に適ったものでなければなりません。
- 全体としての人件費原資を減らすものではないこと。
- 評価の基準が会社と従業員との間で共有されていること。
- 低い評価となった従業員について客観的な根拠を示すこと。
- 極端な賃金減額を伴わないものであること。
- 仕事の内容や責任の程度とバランスがとれた待遇であること
こうした点に注意をして、頑張った人がより評価される給与体系を整備することは、不況期における従業員の頑張りを引き出し、その後の体力回復のための原動力となります。
人員削減・整理がやむを得ない場合の留意点
従業員を雇用し続ける限り、人件費はどうしても必要となるものであり、多くの企業活動でかなりの割合を占めているというのが事実です。人件費は、一般的には原材料費や仕入原価の割合によっても左右されますが、飲食業、宿泊業、観光業などは、30%から40%ほどを人件費が占めることが多いといわれています。
頑張った人がより評価される給与体系を整備するためには、全体としての人件費原資を減らすものではないことが重要なポイントとなります。しかし、これを捻出するための原資自体が確保できないほどにまで経営状況が厳しくなった場合には、そもそも従業員全員をそのまま雇用し続けること自体が現実的ではないという場面に直面しかねません。
従業員全員を雇用し続けるために必要な人件費が確保できないような事態が見えてきたときには、その支出を抑えるために、人員削減・整理としての整理解雇が視野に入ってきます。事業主としても苦渋の選択ですが、対象となる従業員からすると、たちまち職を失うことになりますので、そう簡単に事を進めることはできません。
整理解雇は、事業主が必要だと考えれば認められるというようなものではなく、裁判例上、
① 人員削減の必要性
② 解雇回避努力
③ 人選の合理性
④ 手続の妥当性
という、4つの要素をあわせて考えて、おおむね、整理解雇という判断に至ったことが、事業主の気持ちの問題ではなく、同じような状況に直面した事業主であれば、おおむね同様の判断に至るもので、社会的にもあり得ると評価される場合に認められるとされています。これを「整理解雇の4要素」といい、次のような点に注意が必要です。
① 人員削減の必要性
どのような経営者であっても、従業員の雇用は守りたいと考えておられ、整理解雇についても苦渋の選択であったはずです。ですから、必要のない人員削減というものは、普通は考えられないのでは、と思えるかもしれません。裁判例上も、整理解雇に踏み切ることが経営判断であることは、当然の前提とされる傾向にあります。
しかし、どのタイミングで整理解雇に踏み切るかについては、どれだけ長期的な予想を立て、それを悲観的と見るか、楽観的と見るかによって、経営者それぞれに意見が分かれるところがあります。裁判例上は、現在の財政状況が重視される傾向にあり、会社の損益計算上、人件費原資を確保できるような場合には、整理解雇の必要性が認められない場合が多いといえます(東京地判平成15年8月27日[ゼネラル・セミ・コンダクタージャパン事件])。
また整理解雇は、人件費原資を確保するために、従業員を減らさざるを得ないという判断によって行われることが前提とされていますから、整理解雇をしていながら、新規で従業員を雇い入れるような方法をとってしまうと、これもまた人員削減の必要性が疑われてしまうこととなります(大阪高判平成23年7月15日[泉州学園事件])。
② 解雇回避努力
法律上、一度雇った従業員を会社側から解雇することは簡単には認められておらず(労働契約法16条)、整理解雇だからといって、そのハードルが下がるというものではありません。特に整理解雇は、人件費の財源確保ができないことを理由として行うものですから、他の方法で対処できるようであれば、避けることができたのではないかと考えられるのが、裁判例の傾向です。
- 役員報酬や他の経費を削減することで人件費を捻出できないか。
- 残業や休日出勤を削減することで割増賃金の負担を軽減できないか。
- 予定されていた新規従業員の採用を控えることで人件費を維持できないか。
- 一時休業をすることにより賃金の支出総額を抑えられないか。
- 雇用を維持するために手当等を一部削減することができないか。
このように財源自体をどうにか確保しようとするための努力がなされたかどうかは、裁判例上、大きなポイントとして重視されます。
特に新型コロナウイルス感染拡大に伴う経営不振に関しては、雇用調整助成金の特例措置をはじめとする資金繰りのための方策が用意されていますので、これを活用しないで整理解雇に踏み切ったとあっては、解雇回避のための努力自体が不十分であったと裁判所によって判断される可能性があるといえます(仙台地決令和2年8月21日[センバ流通事件])。
また解雇回避努力が尽くされたかどうかについては、こうした財源自体の捻出という観点からだけでなく、広く「他に方法がなかったのか」ということも問題とされます。
- 配置転換や出向等、人員削減を必要とする事業所以外での雇用維持ができなかったか。
- 非正規従業員の雇い止めで対処することができなかったか。
- 解雇によらず「希望退職」を募集することで対応することができなかったか。
このように、解雇によらなくても、人員削減の目的が達成できる方法があったと判断された場合には、整理解雇が認められない場合があります。特に、希望退職を募る方法は、ある程度の従業員数を抱える事業所であれば取り入れることができる方法なので、一足飛びに整理解雇を行うのではなく、まずは試みることが考えられて然るべきです。
③ 人選の合理性
整理解雇では、特定の従業員に絞って解雇を言い渡すこととなりますので、対象となった従業員にとっては、「なぜ自分が対象となったのか」という疑問を持って当然です。多くの裁判例でも、どうして自分が整理解雇の対象になったのか、という観点からの紛争が生じています。
どうしても人員削減に踏み切らなければならなかった前提には、人件費財源の確保ができないという理由があるはずです。したがって、整理解雇を手段とするときには、それによってどれほどの財源を確保し、そのためには何人を対象としなければならないかは、本来、当然に前提となっているはずです。こうした計画が立っていない整理解雇では、そもそもの人選の合理性自体が疑われてしまいます。
その上で、なぜその従業員を対象としたかについては、明確な基準を定めた上で、これに従って選んだ結果であるということが説明できる必要があります。具体的には、勤務成績、勤続年数、扶養家族の有無などが考えられ、これに当てはまる従業員を対象とすることで、それ以外の従業員の雇用を維持することが社会一般的に理解されるということが必要となります。
とはいえ、勤続年数の長短、役職の有無、年齢の多寡などは、どちらがより整理解雇の対象者としてふさわしいといえるかは、一概には言えません。したがって、基準がはっきりしているというだけでは足りず、なぜその基準によって整理解雇の対象としたのか、企業の実情に応じて、説明できることが必要となります(東京地判平成13年12月19日[ヴァリグ日本支社事件])。
なお、整理解雇に際しては、パフォーマンスが低い従業員や協調性に欠けていると思われる従業員を対象としようということも考えられるかもしれません。経営者側の観点からすると、これらはこの上ない「合理的」な基準といえます。しかし、当の対象となった従業員は、ほとんどの場合、自分自身がそのような問題性を抱えている従業員だという自覚がありません。そうなった場合、会社側で人選の合理性を立証する必要に迫られますが、裁判例では、このような客観性を欠く基準での人選自体、不合理とされる傾向があるので十分に注意が必要です(東京地判平成14年12月17日[労働大学事件])。
④ 手続の妥当性
日々の経営に携わる立場からは、いよいよ整理解雇に踏み切らなければならないという状況にあることは、肌感覚として理解できることといえます。しかし、従業員にもそうした感覚が共有されているとは限らず、特に実際に整理解雇の対象となった従業員にしてみれば、寝耳に水と受け取られることが少なくありません。
そのため、整理解雇を行おうというときには、人員削減の必要性、解雇回避の努力、人選方法など、他の3つの要素に関わることを中心に、整理解雇に踏み切らざるを得ないことについて、従業員に説明を行って、納得を得られるよう、誠意をもって協議をすることが会社側に対して求められています。従業員が加入する労働組合がある場合は、その労働組合との協議が必要であることはもちろんのこと、そうした組織がない場合でも、説明会を開くなどして、質疑応答にも対応していくことが不可欠となります。
こうして労働組合や従業員の了解が得られた上で、整理解雇に踏み切ることが望ましいとはいえますが、どうしても折り合いがつかない場合もあります。それでも会社を守り、多くの従業員の雇用を確保するためには、整理解雇に踏み切らざるを得ないこともあります。こうした事態に至った際、会社がどの程度、従業員への説明を尽くし、容れられるべきところは容れたかどうかという点は、裁判例によってとても重要視されますので、かなり優先順位の高いこととして心得なければなりません。
不況期における人材活用のあり方を誤らないために
人件費は会社経営の上で大きな経費負担となっており、特に不況期においてはその重さが経営者の頭痛の種となります。しかし、将来にわたって事業を継続し発展していくためには、優秀な人材が会社のために活躍することが必要不可欠です。優秀な人材には、働きに見合った給与を支給しなければ、活躍を期待することはできず、そもそも定着すらおぼつきません。
限られている人件費の財源は、活躍できる人材により多く分配すべきであり、これが実現できる給与体系を確立することは、不況期だからこそ、重要な課題として位置づけられる必要があります。そのためには従業員の働きぶりを評価して待遇に反映する仕組みを用意しなければなりません。しかし、企業の実態に合わなかったり、従業員の納得感を得られない評価の仕組みでは、機能しないばかりか、かえって従業員のやる気を損ねる結果となります。
もっとも、すでに人件費の財源自体が確保できないほどにまで経営状態が厳しい状況下では、すべての従業員をそのまま雇用し続けること自体が困難であり、整理解雇に踏み切らざるを得ないこともあります。裁判例上、整理解雇に踏み切ることが経営判断事項であることは前提とされつつも、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続の妥当性という4要素が考慮されることから、その手順を誤ると、たちまち整理解雇が無効となり、かえって莫大なコストを抱える結果となりかねません。
当事務所では、給与体系の見直しと事業規模に沿った評価制度の構築をはじめ、整理解雇に踏み切らざるを得なくなった際の手順や進め方について、継続的なサポートを提供させていただいております。特に当事務所では、地元京都を中心に、飲食業、宿泊業、観光業を営まれる多くの経営者の皆さまからも、リーガルサポートのご用命をいただいています。アフターコロナを見据えた労務態勢の合理化についてお悩みの経営者の皆さまにおかれましては、是非とも当事務所にご相談ください。
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