京都弁護士による
企業労務相談

京都弁護士会所属・京都市役所前駅16番出口より徒歩3分
075-256-2560
平日:9:00~17:30 土日祝:応相談
HOME/ コラム/ 懲戒解雇をした従業員に対しても退職金支払義務はある?

懲戒解雇をした従業員に対しても退職金支払義務はある?

懲戒解雇をした従業員に対しても退職金支払義務はある?

退職金の不支給や減額は「当然」ではない

退職金規程を置いている多くの事業所では、功労があった場合に加算があり得るとする一方で、懲戒解雇事由があるときには、その全部又は一部を支給しないという定めが置かれていることが一般的です。

懲戒解雇は、普通の解雇とは違い、職場に対して迷惑をかけたり、問題を起こしたことから、明確に「罰」として解雇をするという意味合いが強いといえます。理由となった問題行動の大きさによっては、どうしても懲戒解雇という方法にこだわりたい、という場面も少なくありません。

このように懲戒解雇に罰としての意味合いがあるとすると、退職金を満額支払うことはスジが通らないのではないか、と思われることは極めてもっともなことといえます。実際、懲戒解雇となっても仕方のないようなことをしておきながら、退職金は満額支給を受けるということは、なんとも厚かましいとさえ思えることでしょう。

しかし、ことはそう簡単ではありません。裁判例上は、たとえ懲戒解雇となった従業員に対してでも、退職金をゼロにして良いということには、なかなかならないことが少なくないのです。こちらのコラムでは、このことについて解説をいたします。

そもそも退職金はなぜ支払うことなっているのか

かつて我が国の経済が右肩上がりで成長していた時代においては、長年勤め上げた後は、退職金と年金で悠々自適のシルバーライフを過ごす、ということが誰しもによって描かれているごく標準的な人生設計でした。

ここでは年功序列・終身雇用の雇用形態が前提とされており、いわば会社が従業員の人生を丸抱えすることが前提となっていました。こういう前提に立って設けられている退職金制度は、長年の功労に報い、退職後の生活を支えるという意味合いを持っており、退職金に関する基本的な考え方を示したとされる最高裁判例においても、「過去の功労」が考慮されているものと理解されてきました(最判昭和52年8月9日[三晃社事件])。

勤続年数が短かったり、勤務成績が悪い従業員については、過去の功労なるもの自体がそもそもあるのか、という疑問もあるところですが、そのような従業員であっても、一応、仕事をさせているわけですから、仕事をさせている以上、何らかの利益は会社に上がっていたであろうというのが裁判所の考え方です。

要するに、懲戒解雇によって辞めてもらわざるをえない従業員は、最後の最後で道を踏みはずしてしまったかもしれませんが、程度の差はあるものの、そうした決定的な問題を起こすまでは、一応「それなり」に仕事をしていた、とみられてしまうということです。

このように、退職金を過去の功労に報いるものと考えれば、最後の最後に起こした問題行動があったとしても、それだけで過去の功労の全部が帳消しになってしまうほどに大きなものでない限り、退職金を全く不支給とするのは、かえって理屈に合わないとするのが裁判例の基本的な考え方になります。

それでも退職金の不支給が認められる場合があるか

懲戒解雇とした従業員に対し、退職金を完全に不支給とすることができるか、それとも一部は支払わなければならないか、という問題について答えを出すための基準は、その理由となった問題行動が、過去の功労を完全に抹消してしまうほどのものとまでいえるかどうかということがポイントとなります。

しかし、事業主側からしてみると、過去にどれだけの功績があろうとも、雇い続けることはまかりならないと考えたからこそ、あえて懲戒解雇という選択肢をとったのであり、感覚的には、懲戒解雇になる以上は、過去の功労など完全に抹消されてしまうといえるのではないか、と思えるところです。実際、直近の裁判例においても、過去の功労と問題行動の重大さとを比較することは非常に困難であって、こうした判断基準自体が不適当であることを示唆した例もあります(東京高判令和3年2月24日[みずほ銀行事件])。

退職金の不支給や減額の当否が争われた例はたくさんありますが、そこでは過去の功労を完全に抹消してしまうほどの問題行動があったといえるかどうかという判断基準が用いられているものの、多くはその問題行動によって、具体的にどのような「実害」が生じたかということが問われています。

たとえば横領や背任のように、会社に対して金銭的な損害を与え続けたり、会社の重要な営業秘密をリークしたりしたような場合には、会社が被った実害をとらえやすく、そうした実害を被った以上、退職金全額の不支給もやむを得ないものとして認めた例もあります(大阪地判平成15年7月18日、前掲東京高判令和3年2月24日など)。

一方で、会社の業務と関係のない私生活上の問題行動の場合には、たとえそれが犯罪行為にあたるものであって、自社の従業員であると報道されたというような場合であっても、全額の不支給は認められないという傾向にあります(東京高判平成15年12月11日[小田急電鉄事件]など)。

社会的にも非難されるべき問題行動に及んだ従業員がいたとあっては、会社の評判にも関わることです。しかし、冷静に考えてみれば、従業員が会社の業務と全く関係のない私生活において問題行動に及んだからといって、会社が非難されることそれ自体がおかしいともいえます。このような場合は結局、会社の「実害」が生じたということ自体、感覚的なものにとどまるので、退職金全額不支給を肯定する方向には、なかなか傾きにくいといえます。

懲戒解雇した従業員の退職金問題への対応

退職金は、どのような要件でいくらを支払うかを明確に定めていてはじめて、従業員の権利となるものです。その裏返しとして、どのような場合には支払わないのかも定めておかなければ効力を有しません。懲戒解雇事由があったときに、退職金の全部又は一部を減額するということは、社内規程に根拠があることが大前提です(昭和63年1月1日基発第1号)。

また裁判例の中には、退職金に過去の功労としての意味合いだけでなく、賃金の後払い的な性格があるとして、最低限、この後払い的な部分については減額ができないとしたものもあります(名古屋地判平成6年6月3日)。

懲戒解雇した従業員に対しては、退職金の全部又は一部の不支給によって対応しようとする場合、その従業員がどれほど重大な問題行動を起こしたのかはもちろんのこと、会社に対してどれだけの「実害」が生じたかを具体的に立証できるよう、根拠を整えておくことが重要です。こうした根拠が客観的な証拠として伴わない場合は、退職金の全額不支給はもちろんのこと、そもそも懲戒解雇が裁判所でも通用するかどうか、慎重な検討を必要とします。

あるいは、問題行動があったことそれ自体は客観的な証拠から明らかであっても、退職金の額に比較して実害が小さかったり、そもそも客観的に示せる「実害」が見えにくい場合には、退職金の全部不支給ではなく、一部不支給にとどめた方が紛争リスク軽減のためには妥当であるといえます。

退職金の一部を不支給とする場合、どの程度までの減額であれば許容されるかは、全くのケースバイケースですが、最大でも7割を超えて減額することは、いざ紛争となった際には追加で支払いを命ぜられるリスクが高いといえます。

このように、従業員を懲戒解雇にしたとしても、退職金の全額不支給とすることには、裁判所としてはかなり消極的です。懲戒解雇をすることは、退職金の支給という場面においては、決定的な理由を伴うものとまではいえず、むしろあえて懲戒解雇としたがために、退職金の支給額だけでなく、解雇そのものの効力を争うという紛争がかえって生じてしまうおそれもあります。

問題行動のある従業員へ解雇をもって臨まざるを得ないという場合でも、どのような手順で対応を進めていくのか、また退職金はどこまで支給するのか、お悩みの際には、是非とも当事務所にご相談ください。

法律相談のご予約はお電話で

075-256-2560
平日:9:00~17:30 
土日祝:応相談
ご相談の流れ