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【弁護士による判例解説】その割増賃金、「名ばかり残業代」になっていませんか?(最高裁令和5年3月10日判決)

「名ばかり残業代」という考え方の危険性 ~非生産的な残業は困りものだけれど…~

「1日8時間・1週40時間」といえば、労働基準法に定められた労働時間だと、多くの方がピンとくることでしょう。従業員がこの時間を超えて働くと、雇用主には、法律が定める割合以上の割増賃金を支払わなければなりません(労基法37条)。これがいわゆる残業代です。

従業員が働けば、その分、給料を支払う必要があるというのは、ごく当たり前のことです。ところが法律は、残業分については「割増」で給料を支払うことを求めています。どうしてそんなことをしているかというと、要するに法律は、「割増」で給料を支払いたくないのであれば、残業が生じないよう、雇用主の方で工夫しなさいという考え方に立っているからです。

ですが、世の中の実態はそう簡単ではありません。割増賃金という仕組みがある以上、残業をすればするほど給料は増えるのですから、従業員の中には、雇用主の意向と関係なく、残業をするという人もいるからです。同じ仕事をするのでも、時間をかけて仕事をした方が給料が高くなるわけですから、業務の効率は悪いのに給料が高くなるという、理不尽な事態も生じてしまいかねません。

こうしたいわば非生産的な残業に対しても、当たり前のように残業代を支払わなければならないというのは、雇用主にとって頭の痛い問題です。それならばと賃金体系に工夫をして、非生産的な残業に対する残業代を抑えることはできないでしょうか。今回紹介する最高裁判例は、そもそも「残業代を抑えよう」という考え方自体、法律的には全く通用しないのだということがハッキリした事例です。

事案の概要

Y社はトラック運送業の会社です。Y社ではもともと、従業員ごとの業務内容等に応じて、その月の賃金総額が定められていました。この賃金総額は、全部がいわゆる基本給かというとそうではなくて、基本給はその一部であって、これを差し引いた残りは残業代とするという賃金体系になっていました。

この賃金体系は、いわば基本給も残業代も、賃金総額に全部込み、というもので、Y社の感覚としては残業代はこれで払いきりになり、労働時間をきちんと管理しようという意識があまりありませんでした。そのため、何年か前に労基署から適正な労働時間管理を行うようにという指導を受けることとなり、賃金体系も改められることとなりました。

新しい賃金体系では、個々の従業員が毎月支払いを受ける賃金総額は以前と変わらず、中身が変わることとなりました。その内容をごく単純化すると、おおむね次のとおりでした。

① 賃金総額は、以前と変わらない金額

② 基本給は以前の水準よりも低く改める

③ 賃金総額から②の基本給を差し引いた額を全部「割増賃金」とする

④ ③の割増賃金は、②を基準に実際の残業時間に応じて計算した「時間外手当」と「調整手当」で構成されている。

⑤ ④の調整手当は、③の割増賃金から④の時間外手当を差し引いた残額で、③の割増賃金が増えれば、④の調整手当はその分減る

このように賃金体系を改めることについては、Y社から従業員へ説明が行われており、特に異論は出ていなかったようです。基本給が以前の水準よりも下がるのですから、こんな変更には応じられない、という声があっても良さそうなものですが、もしかすると賃金総額は変わらないということで、それなら構わないかなと思ってしまったのかもしれません。

「名ばかり残業代」該当してしまう例 ~このような賃金体系にしていませんか?~

新しい賃金体系での基本給は、以前の水準よりも低くなっています。それでも賃金総額は変わらないというのですから、新しい賃金体系での基本給と、以前の水準の基本給との差額が、どこかに紛れ込んでいるということになります。新しい賃金体系にいう「調整手当」は、結局、以前の賃金体系であれば「基本給」になっていたはずのものが、新しい賃金体系では「割増賃金」へ読み替えられてしまった、というわけです。

このような賃金体系の変更の過程をふまえれば、「調整手当」が「割増賃金」だというのは、いかにも都合の良い話しで、本来、基本給として支払われていたはずの賃金を、名前だけ残業代に振り分けようとしたものだといわれても仕方ないでしょう。

では、「時間外手当」とされている分はどうでしょうか。これは定まった基本給に実際の残業時間に応じて計算した額として支払われるというのですから、一見、問題がないようにも思えそうです。実際、今回の最高裁判決の原審となった福岡高等裁判所は、時間外手当については残業代の支払いにあたるとして認めていました。

しかし、よくよく考えてみると、新しい賃金体系で、たとえ時間外手当が支払われるとしても、以前の賃金体系ならば基本給だったはずの分が、割増賃金として調整手当に振り替えられてしまっているのですから、残業代の単価もその分減っています。そうすると、時間外手当が支払われたとしても、トータルの支払額は、以前と変わらないか、どうかすると以前よりも下回ってしまうかもしれません。実際の事例では、以前であれば1300~1400円程度だった残業代の1時間あたりの単価が、新しい賃金体系では平均約840円にまで減ってしまっていました。

もし、新しい賃金体系を前提にすると、ここまで減ってしまった残業代の単価を基準に、割増賃金の額が法律の求めている水準を下回っていないかを検討することになりますが、単価が低いので、時間外手当と調整手当の合計額を割増賃金だと考えれば、不足が生じることはないでしょう。たしかに不足は生じませんが、今度はかなり多すぎるということになってしまいます。

このように、新しい賃金体系には、考えてみればおかしな点がいくつかあります。従業員に説明がなされているとはいうものの、こういうおかしなところまで説明されていたかというと、どうやらそうではないようです。

最高裁は、こうした新しい賃金体系の不自然さを問題にして、Y社の意図は結局のところ、残業があろうとなかろうと決定した賃金総額を超えて、残業代の支払義務が生じないよう、もともと基本給だったはずの賃金の一部を、名目だけ割増賃金に置き換えて支払うことを内容とした賃金体系だと考えました。

つまりY社が新しく定めた賃金体系は、形の上では、通常の労働時間の賃金にあたる基本給と、残業代にあたる割増賃金とが区別されているものの、それはいわば名ばかりで、実際には割増賃金とされたものの中にも通常の労働時間の賃金に当たる部分も含まれているといわざるを得ないというわけです。

こうしてY社の新しい賃金体系では、法律が要求している残業代をきちんと支払ったことにはならないという判断がなされることとなりました。

賃金体系の工夫で残業代の支払いを抑えることはできません

残業代をどれぐらい支払わなければならないかは、法律によって定められています(労基法37条)。雇用主は、どうあってもその水準までの残業代は支払わなければなりませんが、その水準を下回らないのであれば、毎月定額で支払う、いわゆる固定残業代の方法で支払うことも否定されるわけではありません。

しかし、法律が要求している残業代として認められるためには、形さえ残業代の体裁を整えていれば良いというものではありません。そもそも、形からして残業代かどうかもわからないようであれば、それが残業代だと言ってみたところで通用する余地はありませんが、形さえ整っていれば良いというのであれば、今回のケースも問題にはならないはずです。

何が問題だったかというと、どうにかして残業代の支払いを抑えようという意図が見え隠れしてしまったというところです。Y社の新しい賃金体系は、要するに、従業員がどれだけ残業をしたところで、決められた賃金総額は変わらないという仕組みです。Y社がわざわざそういう仕組みを考えたのは、従業員がどれだけ残業をしようとも、以前の賃金体系以上の支出が生じないようにという意図があるといわれても、仕方ありません。

実は以前にも、「どれだけ残業をしようとも、賃金の額は増えない」という仕組みは、最高裁によって、法律の趣旨に反するものとして否定されていました(最判令和2年3月30日、いわゆる「国際自動車(第二次)事件」)。今回の事例に対する判断は、その延長線上にあるもので、何か実務を変えるほどのインパクトまではないと評価すべきでしょう。

興味深いのは、今回の判決に付された補足意見です。そこでは、「労働者が使用者の個別の了解を得ずとも時間外労働を行い得る労働環境」があり得ることが確認されており、そういう環境下では、「労働者の限界生産性が時間外労働に対する対価を下回ってもなお、労働者がさらに時間外労働を行おうとする事態が生じやすいことも否めない」とされており、こうした残業が仮に「非生産的な時間外労働」と呼ばれています。

補足意見では、非精算的な時間外労働が生じることを回避するため、使用者が固定残業代制度を利用しようとすることは、「経済合理的な行動として理解し得る」とされています。その背景には、雇用主の規制が甘いからといって、いわゆるダラダラ残業があって良いわけではない、という考え方があるように思えます。

しかし一方で補足意見では、「通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が、名目上は時間外労働に対する対価として支払われる金額に含まれている」という方法を、「脱法的事態」だと厳しく批判しており、たとえ非生産的な時間外労働を抑制するためだったとしても、こういう方法はとってはならないとされています。非生産的な時間外労働は、残業代をどうにかして支払わずに済む方法がないか、という考え方ではなく、「固定残業代制度以外の施策」を用いて抑制を図るほかないという考え方が示されています。

補足意見には判例としての拘束性はありませんが、その内容をふまえると、今回の最高裁判決で、「どれだけ残業をしようとも、賃金の額は増えない」という賃金体系は、適法な残業代の支払方法だとは認めてもらえないことが確認されたといえます。では、残業に応じて賃金は増えるものの、生産的な残業と非生産的な残業とを評価して、生産的な残業について、より高い賃金を支払うという仕組みであれば、どうでしょうか。このような賃金体系が認められるかどうかは、今後の判例の集積に待たなければなりません。

おわりに

当事務所では、地元京都を中心に、従業員から未払残業代の請求を受けておられる事業所の皆さまよりご依頼を受けて、交渉、労働審判、訴訟等の対応に数多くあたらせていただいています。今回の最高裁判例が示すように、賃金体系を工夫して、残業代を「支払わなくて済む」という方法はあり得ません。しかし、判例の読み方や考え方は思いのほか複雑で、従業員の主張が100%正しいとも限りません。残業代の取扱いは、法律の限度をふまえた対応が必要不可欠です。従業員との間での残業代をめぐるトラブルについてお悩みであれば、当事務所に是非ともご相談ください。

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