懲戒解雇する場合であっても、退職金は支給しなければならない?
労働者を懲戒解雇する場合、退職金が不支給とされることは実務上よく見られますが、実は、全く支給しないで済むということは極めて例外的な場合に限られます。
今回は、懲戒解雇を有効としつつ、退職金の不支給を一部不適法とした事例を紹介します(東京地判令和2年1月29・判時2483号99頁)。
1 事案の概要
(1)本件の被告は株式会社みずほ銀行(以下、単に「銀行」といいます。)であり、原告は、約30年間、同銀行に勤務していました(期間の定めのない雇用契約)。
原告は、対外秘である行内通達等を無断で多数持ち出し、出版社等に内容を漏えいしたとして、懲戒解雇処分を受け、退職金約1200万円を不支給とされました。
(2)そこで、原告は、被告に対し、主位的に、懲戒解雇が無効であるとして、雇用契約上の地位確認及び未払い賃金(遅延損害金を含む)の支払いを、 予備的に、懲戒解雇が有効であったとしても、退職金の不支給は不合理であるとし、退職金(遅延損害金を含む)の支払いを求め、訴訟を提起しました。
2 解説
(1)懲戒解雇の有効性
ア まず、懲戒解雇は、就業規則において懲戒の種類及び事由が定められていなければ、そもそも行うことができないというのが判例の立場です(最判平成15年10月10日)。
被告の就業規則においては、懲戒解雇の定めがあり、また、懲戒事由に関する規定として、次のとおりの定めがありました。
第70条 職員が次の各号の一に該当するときは、情状によって、これを懲戒する(以下は、本件に関連する規定のみ)。
① 法令に違反し、またはこの規則その他諸規定あるいは業務上の命令に正当な理由なく従わないとき
② 職務上、職務外を問わず、会社またはみずほフィナンシャルグループの信用、名誉を傷つけ、または会社に損害を及ぼすような行為のあったとき
③ 経営上・業務上の秘密、業務上知り得た秘密、ならびに業務上知り得た個人情報を正当な理由なく漏らし、または漏らそうとしたとき
⑰ その他前各号に準ずるような行為のあったとき
なお、上記各号は、いずれも一般的な内容であり、就業規則においてよく見られる規定であると言えます。
イ 本判決は、原告の行為として、意図的な4件の情報資産の持ち出し及び15件の情報漏えいを認定した上で、これら各行為は、被告就業規則第70条1号乃至3号及び17号に定める懲戒事由に該当すると判断しました。
ウ さらに、従業員は労働者として労働基準法や労働契約法等の法律によ り、その権利が強く守られており、解雇についても客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないものは無効となることが法律で定められています(労働契約法第16条)。
そして、懲戒解雇は、懲戒として最も重い処分であり、被処分者の再就職の障害にもなるため、当該行為の性質、態様、被処分者の勤務歴、その他情状を斟酌し、解雇とするには重すぎるときは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことから、懲戒解雇は無効になるとされています。
エ この点について、本判決は、㋐社外秘として管理されていた行内通達等を意図的かつ常習的に漏えいした原告の行為は、情報資産の適切な保護と利用を重要視する被告の企業秩序に対する重大な違反行為であるといえること、㋑原告の情報漏えいに基づき多数の記事が執筆されたことが推認され、これにより被告の情報管理体制に対する疑念を世間に生じさせ、被告の社会的評価を相応に低下させたといえること、㋒過去のけん責処分による反省もみられなかったことを総合すると、原告と被告との間の信頼関係の破壊の程度は著しく、将来的に信頼関係の回復を期待することができる状況にもなかったとして、懲戒解雇は客観的に合理的な理由があり社会通念上相当である、と判断しました。
(2)退職金不支給の適法性
ア 本判決は、懲戒解雇を受けた場合に退職金を不支給とすることができるのは、労働者が使用者に採用されて以降の長年の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為がある場合に限られると解するのが相当である、という判例の立場を確認しました。
イ その上で、本件について、原告の行為は、被告の企業秩序に対する重大な違反行為であり、被告の社会的評価を相応に低下させたものであるといえるが、被告のサービスに混乱を生じさせたり、被告に具体的な経済的損失を発生させたりするものではなかったことなどから、原告の約30年にわたる勤続の功を完全に抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為であったとまでは評価することは困難であるとして、退職金の不支給は、7割を不支給とする限度で合理性を有すると判断しました。
3 まとめ
今回の裁判例をふまえると、重大な違反行為をした従業員を懲戒解雇する場合であっても、勤続の功を完全に抹消するほどの損失が会社に発生していない場合、退職金の全額不支給は認められない可能性が高いということになります。
どの程度の不支給であれば合理性が認められるかについては、懲戒事由とされる個別具体的な事情等にかんがみ、ケース・バイ・ケースの判断が必要になってきます。
懲戒解雇について悩み・不安・疑問等ありましたら、当事務所の経験豊富な弁護士が承りますので、是非ご相談ください。
(弁護士 髙田沙織)
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