取締役に就任しても従業員の地位は残る?
取締役と会社との関係は、取締役が取締役会の構成員として、あるいは自ら業務執行にあたることから一般的に委任契約とされています。
もっとも、取締役といってもその業務実態は様々であり、取締役の従業員該当性が争いとなることは少なくありません。
そして、従業員に該当する場合、労働基準法や会社の就業規則など、社内外を問わず労働者を対象とする法律規則等の適用を受けることとなります。
では、取締役の従業員該当性の判断においては、どのような点が考慮要素とされるのでしょうか。
従業員から取締役へ就任したXが、取締役就任後も従業員としての地位を失っていないものとして、雇用契約に基づき、Xに対して退職金規定による退職金及びこれに対する遅延損害金の支払いを命じる裁判例が出ましたので、ご紹介します(東京地方裁判所令和2年3月11日判決・判例時報2021年8月21日号89頁)。
1 事案の概要及び争点
Xは祖父が創業したYに平成6年に入社、その後平成20年1月にYの取締役に就任、平成25年10月頃取締役を退任しました。XがYに対して、入社以降取締役の任期満了までの期間の退職金の支払いを求めた事案です。
Xが取締役に就任したことによって、従業員(労働者)としての地位を失ったのか否かが争点となりました。
2 裁判所の判断
東京地方裁判所は、以下の考慮要素から、Xは取締役就任後も従業員としての地位を喪失していないと判断しました。
まず、従業員としての地位を喪失していないことを基礎付ける事情として、①Yの就業規則には取締役就任に伴い従業員の地位を失う旨の定めはなく、Xが取締役に就任するに当たって、退職届の提出や従業員退職金の支払等の、従業員の地位の清算に関する手続は行われなかったこと、②従業員としての定年を迎えてから、Xと同時期に取締役に就任した者には従業員退職金が支給され、Xと異なる取り扱いがされたことが指摘されました。
加えて、③Xが、取締役就任前に購買計画の策定や進捗状況の確認等の業務を当時業務担当取締役であったBの指示の下で行っていたところ、Xの取締役就任後においても、Xは引き続きBの指示の下で同業務を行っていた事実は、XがYの取締役就任後も、Bの指揮監督下で業務を行っていたことを意味するとし、①~③の事実は、Xが取締役就任後も従業員としての地位を失っていないことを強く推認させるとしました。
他方、④Xの月額報酬が約59万円から約79万円へ増額されたこと、支給名目も職能給及び各種手当から基本給名目へ統一されたこと、税務上役員報酬として申告されていたことは、Xの従業員性を否定する方向に働く事実であるとした上で、Xの取締役就任後取締役会が開催されていないことや③の事実から、Xが自身で経営者としての業務執行を行っていた事実は認められないこと、報酬額の増額は、従業員と役員を兼ねることによる増額と考えても矛盾はない程度のものにとどまること、Xは取締役就任と同時に新たに複数の事業部長に就任したことも考慮すると、Xは従業員と取締役を兼務するいわゆる従業員兼務取締役であったと認めるのが相当とされました。
なお、Yは、⑤Xが取締役を就任した3か月後である平成20年4月以降、雇用保険料を負担しておらず、平成23年4月には雇用保険被保険者としての資格を喪失した旨の届出がなされていることを、Xの従業員としての地位の清算が行われた根拠として主張しましたが、雇用保険の加入の有無は当事者において様々な理由で操作することが可能であり、雇用保険加入の有無によって、取締役の従業員性が決定づけられると考えることは不相当と判断しました。
3 まとめ
取締役就任後も従業員としての地位を有しているか否かの判断においては、取締役への就任経緯、取締役としての権限や業務執行の状況(法令や定款上の定め、代表取締役の指揮監督の有無、提供する労務内容等)、社会保険上の取扱等が考慮要素とされていますが、この点について具体的な考慮要素等を判示した最高裁判例はなく、各事例に応じた判断をする必要があります。
今回の裁判例では、取締役就任に際して従業員の地位を清算するための手続(退職届の提出や退職金の支払等)が採られていなかったことや取締役就任の前後で業務内容に変化がなく当時の代表取締役の指揮監督下で業務を行っていたことが従業員としての地位を肯定する事情として重視されており、従業員を取締役として登用する際に留意すべき事情として参考になるものと思われます。
そして、取締役就任後も従業員としての地位を有していたとされると、退職金規定など従業員に適用される規定の金員の支払義務等が生じ得ることとなり、想定していなかった支出が発生することになりかねません。
従業員が取締役就任後においても従業員としての地位を有しているか否かは、過去の裁判例等を踏まえることが必要不可欠であるところ、その判断にあたっては当該事案に応じた個別の検討が必要であり、一概に判断できるものではありません。判断に迷われるものがございましたら、ぜひ一度私たちにご相談いただくことをお勧めします。
(弁護士 竹内まい)
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