【弁護士による判例解説】「配置転換を拒否したことを理由に懲戒解雇することは有効か」(大阪地裁令和3年11月29日判決)
目次
配転命令発出後に判明した事情は配転命令の有効性に影響するか、家族の病気・介護等の事情のある労働者に対する配転命令は許されるか
使用者は、業務上の必要があれば、労働者に対して無制限に配転命令を発令することができるのでしょうか。家族の病気・介護等の事情のある労働者に対する配転命令は許されるのでしょうか。また、配転命令の有効性の判断において、使用者が認識した事情はいつが基準となるのでしょうか。
労働者が配転命令を拒否し、これを理由に懲戒解雇した場合、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合、解雇は無効なものとなります(労働契約法16条)。そして、ここに定められている解雇の有効性の要件を満たすハードルは非常に高く、無効と判断されると、解雇以降の賃金やこれに対する遅延損害金などの支払義務が生じ、使用者の負担は大きなものとなります。
令和3年11月29日、配転命令を有効とし、配転命令を拒否した労働者を懲戒解雇したことは有効であると判断した裁判例が出ましたので、ご紹介します(大阪地方裁判所令和3年11月29日判決・判例時報2022年12月1日号38頁)。
1 事案の概要及び争点
大手電機メーカーAの子会社でシステムソリューション事業を行うYに出向していたXが、勤務していた大阪市所在の事業場の閉鎖に伴い、川崎市所在の事業場Bへの配転命令(以下「本件配転命令」といいます。)を受けたところ、本件配転命令に応じなかったために、Yは本件配転命令に応じないことは業務命令違反であり、会社秩序を著しく乱すものとして、Xを懲戒解雇しました。XがYに対し、懲戒解雇が無効であるとして、懲戒解雇後の賃金の支払いなどを求めた事案です。
本件の主な争点は、配転命令の有効性と懲戒解雇の有効性です。そして、配転命令の有効性を判断するにあたり、会社が労働者に配慮すべき事情は会社がいつの時点で認識していた事情が基になるのか、家族の病気・介護等の事情のある労働者に対する配転命令が有効なのかなどが争われました。
2 裁判所の判断
(1)結論
大阪地方裁判所は、本件配転命令、懲戒解雇ともに有効と判断しました。
(2)配転命令の有効性
ア まず、配転命令の有効性について、
①配転命令について業務上の必要性が存在するかどうか、存在する場合、
②配転命令がほかの不当な動機・目的をもってなされたものであるとき 又は
③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、
特段の事情の存する場合でない限りは、当該配転命令は権利の濫用にならず有効であるという判断枠組みを示しました(最二小判昭和61年7月14日「東亜ペイント事件」参照)。
イ その上で、本件では、①業務上の必要性の有無について、Aグループの経営状況に照らせば、組織の構造改革や業務の効率化を図ることも経営状況を改善するための方策の1つであり、閉鎖する事業場の選定にも不自然・不合理な事情はなく、当該事業場に勤務していた従業員について、退職を選択しない場合、別の事業場に集約することは、業務の効率化や雇用の維持の観点から合理的な方策といえるとして、本件配転命令の業務上の必要性を肯定しました。
ウ その上で、②不当な動機・目的の有無について、閉鎖する事業場に勤務していた従業員のうち退職を選択しない従業員全員を別の事業場に配転するという方針であったことから、退職強要に該当する事実は認定できないことや、YがXの要望を受け、Xが過去に従事した経験のある求人案件を紹介するなど相当の配慮を行っていること、配転命令の業務上の必要性が認められることなどから、不当な動機・目的によってなされたと認めることはできないとしました。
エ さらに、③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益について、Xが本件訴訟において、Xの長男及び母親に係る診断書や通院状況に関する資料を提出しているところ、これらは本件配転命令発出前にはYに提出されておらず、これらの資料の内容を本件訴訟までYが認識していないのは、Yまたは本件子会社がXに対して配転に応じることができない理由を聴取する機会を設けようとしたにもかかわらず、Xが面談を拒絶するなど自ら説明の機会を放棄したことによるものというほかなく、Yが配転命令を発出した時点において認識していた事情を基に判断することが相当としました。
その上で、本件配転命令は、長男の病気及び母の高齢と病気のため、原告が本件配転命令に従うことによって長男の育児や母の介護が困難になり、長男や母の健康状態が悪化するという事情に十分配慮したものとはいえないというXの主張については、Xが訴訟で提出した医師の意見書や診断書の内容等をふまえても一般的な事情であって、母親の状態は要介護状態にはなく加齢による一般的なものを超えないこと、長男について現在住所地から通院できる医療機関においてのみ受けることのできる特別な治療をうけなければ生命等に重大な結果が生じかねないような特段の事情はなく、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるということはできないとし、本件配転命令を有効であると判断しました。
(3)懲戒解雇の有効性
本件における経過を経て配転命令がなされたにもかかわらず同命令に応じないという事態を放置することとなれば、企業秩序を維持することができないことは明らかであり、懲戒解雇の手続きに瑕疵はないこと等から、懲戒解雇は有効と判断しました。
3 まとめ
配転命令の有効性の判断のうち、「配転命令が、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといえるかどうか」の判断にあたって、労働者は通常は配転命令に応じられない事情を積極的に申告し、時に誇張して申告することも想定され、本件のように申告の機会を放棄したことは珍しい事例といえます。
そして、考慮される労働者の不利益は、労働者の家庭生活上の利益、職種・勤務地の継続性に対する期待、配転に当たって適切な手続きや説明を受ける利益など様々ですが、使用者は、配転命令の発令にあたって、労働者の意向や家庭生活の状況などの調査を尽くし、それに対する配慮をしなければ、今回とは異なり配転命令が無効と判断される可能性もあります。本件で、配転命令発時に使用者が認識していた事情が判断の基礎とされたのは、Xの言動に対してYが「忍耐強く礼節をもった対応」を続けたことなどが考慮されており、常に配転命令発出時が判断基準時となるわけではないことには留意が必要です。
配転命令を発令するにあたり、どの程度調査を尽くし労働者に配慮をすれば無効とならないか否かは、過去の裁判例等を踏まえ各事例に応じた判断が必要であり、一概に結論付けられるものではありません。判断に迷われるものがございましたら、ぜひ一度私たちにご相談いただくことをお勧めします。
執筆者:弁護士 竹内まい
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