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【弁護士による判例解説】社内情報を私的目的で保存した行為に対する懲戒解雇の有効性

【弁護士による判例解説】社内情報を私的目的で保存した行為に対する懲戒解雇の有効性

使用者が懲戒処分をするにあたっては、客観的に合理的な理由を有し、社会通念上相当と認められることが必要です。そして、懲戒処分の中でも懲戒解雇は最も重い処分であるため、懲戒処分事由に該当する行為が認められるとしても、懲戒処分歴や非違行為指導歴がなければ、まずは注意指導等を経るべきであり、直ちに懲戒解雇処分とすることは社会通念上相当性が認められないと判断されかねません。

では、退職が決まっている従業員に対してはどうでしょうか。注意指導をしていては、会社に事後的な救済が困難な損害が生じかねない場合はどうでしょうか。

令和4年12月26日、退職が決まった従業員Xが、会社内システム上に保存されていたデータファイル等を社外のX個人アカウント領域にアップロードした行為が懲戒解雇事由に該当し、さらに当該従業員に懲戒処分歴及び非違行為歴がないことを考慮しても、会社が懲戒解雇処分をしたことは、やむを得ないものというべきとして懲戒解雇を有効と判断した裁判例が出ました (東京地方裁判所令和4年12月26日判決・労働経済判例速報2023年6月10日号3頁)。以下、ご紹介します。

1 事案の概要及び争点

Xは、大手総合商社Yに総合職として入社し、令和2年2月13日、Yに対して、同年3月末日付で退職する旨の意思表示をしました。その後、退職直前の同年3月19日、XはY社内システム上に保存されていたデータファイル等(以下「本件データ」といいます。)を社外のクラウドストレージであるGoogle DriveのⅩアカウント領域にアップロードしました(以下「本件行為」といいます。)。
Yは、本件行為は就業規則上、懲戒事由として、機密保持違反、法令違反、公私混同、服務規律違反及びその他の違反に該当するとして、同月26日、Xを懲戒解雇したところ、Xは懲戒解雇処分は違法かつ無効であり、予定されていた3月末日付に自主退職したものであると主張して、退職金等の支払いを求めた事案です。

本件の主な争点は、懲戒解雇の前提となる本件データの営業秘密該当性、懲戒解雇の有効性です。

2 裁判所の判断

(1)結論

東京地方裁判所は、本件データに営業秘密が含まれていると認めることはできず、本件行為が不正競争防止法に違反する行為であるとはいえないとしましたが、懲戒解雇は有効と判断しました。

(2)懲戒解雇の有効性

ア 客観的に合理的な理由の有無

本件行為がYの就業規則上の懲戒事由に該当するか否かについて、本件データの大部分は引継ぎには必要ない情報であったと推認される上に、Xが以前の転職先からYに持ち込んだ情報についても同様にXの個人情報アカウント領域にアップロードを試みていることからすれば、本件行為が引継業務の目的でされたものではなかったことは明らかというべきであり、本件データが転職先において価値のある情報であったとまではいえないことを踏まえても、本件行為は、Y以外のために退職後に利用することを目的としたものであったことを合理的に推認できる等として、懲戒事由に該当すると認定しました。

イ 社会通念上の相当性について

(ア)本件行為の悪質性
本件行為は、Yにおいて重要であり合理的な体制により管理されていた有用性及び非公知性のある機密情報を含む大量の情報を、Y以外のために退職後に利用することを目的として、Yの管理が及ばない領域に無差別に移転するものであって、本件データ等の全部又は一部がXの転職先において有用な情報であったと認めることができないことを踏まえても、Yの社内秩序において看過することのできない極めて悪質な行為といわざるを得ないと指摘しました。
なお、Xは、本件データがXの支配領域から出ていないことが考慮されるべきと主張しましたが、裁判所は、Yがサイバーセキュリティ対策を行って、本件行為が早期に発覚した結果に過ぎないことが推認されるとし、Xに特に有利に考慮すべき事情ということはできないとしました。

(イ) 情報流出に係る非違行為の特殊性
また、従業員の非違行為により情報が流出した場合情報が悪用されるなどして事業者に金銭的な損害が生じたとしても、その立証が困難なことや、当該従業員が損害を賠償する資力に欠けることもあり得るところであり、かかる非違行為に対しては、損害賠償による事後的な救済は実効性に欠ける面があると指摘しました。さらに、このような非違行為は、退職が決まった従業員が動機を持つことが多い一方、退職金の不支給・減額が予定されている懲戒解雇以外の懲戒処分では十分な抑止力とならないから、事業者の利益を守り社内秩序を維持する上では、かかる非違行為によって事業者に金銭的損害が生じていない場合であっても、比較的広く懲戒解雇をもって臨むことも許容されるというべきであると示しました。

(ウ)本件懲戒解雇の相当性
以上をふまえ、XがYでの懲戒処分歴及び非違行為歴がないことを考慮しても、懲戒解雇処分をもって臨むのはやむを得ないというべきであり、本件懲戒解雇は社会通念上相当なものと認めることができ、権利濫用には当たらず有効と判断しました。

3 まとめ

今回の裁判例は、懲戒処分歴及び非違行為歴がなく、非違行為によって会社に損害が生じていないにもかかわらず、「客観的に合理的な理由を有し、社会通念上相当と認められる」として懲戒解雇を有効と判断しており、その判断過程が参考になるものとしてご紹介いたしました。
本裁判例では、情報流出に係る非違行為の特殊性が大きく考慮されている点に特徴があります。すなわち、非違行為によって一旦情報が流出すると、会社に回復困難な損害が生じるおそれがあるところ、このような非違行為を行う者は退職を決めた従業員が多く、懲戒解雇に先行して注意指導等を行っても、退職を決意している従業員には痛手とならず、非違行為に対する抑止力としては実効性を欠きます。
そこで、退職金の不支給・減額という経済的制裁が予定されている懲戒解雇処分以外には他に採り得る方法がないものとして、懲戒解雇処分は「社会通念上相当」と判断したものと思われます。

懲戒解雇に限らず懲戒処分をするにあたっては、単に処分事由に該当するか否かの検討だけでなく、本裁判例で詳細な検討がなされたように、様々な事情(過去の懲戒処分歴及び非違行為歴の有無、処分歴がある場合その後改善があったか否か、非違行為の悪質性など)を考慮して当該処分を選択することが「社会通念上相当か」否かの検討が不可欠です。
判断に迷われるものがございましたら、ご相談ください。

執筆者:弁護士 竹内まい

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