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変形労働時間制が無効とされた事例

変形労働時間制が無効とされた事例

はじめに

従業員の労働時間管理をどうするかは悩ましい問題です。労働時間管理がきちんとできていないと、予期せぬ残業代請求を受け、経営が傾くどころか、会社が潰れてしまうケースもあります。

そうならないためにも、裁判例から多くの「失敗」を学ぶことは重要です。今回ご紹介する裁判例(長崎地判令和3年2月26日判時2513号63頁)は、「変形労働時間制」を採用していたものの、それが無効と判断されてしまった事例です。

事案の概要

⑴ 被告Yは、日用雑貨、食料品、薬品等を販売する店舗Zを経営する会社です。

⑵ Yでは、1ヶ月単位の「変形労働時間制」が採用されており、共有パソコン上の労働時間管理システムで労働時間を管理していました。

⑶ 従業員Xは、店長が実労働時間とは異なる修正をしており、実際にはシステム上に打刻されたよりも多くの時間外労働があったと主張して、割増賃金を請求しました。

⑷ 争点は、①「変形労働時間制」の有効性と、②実労働時間です。

「変形労働時間制」とは?

通常、労働時間は1日単位で計算します。

法定労働時間は「1日8時間」なので、例えば、労働時間が8~18時(昼休憩1時間)とすると、1時間の時間外労働(残業)が発生します。また、「週40時間」という縛りもあります。例えば、月~土まで毎日8時間働く場合、どの日も「1日8時間」は超えませんが、週48時間になりますので、8時間の時間外労働(残業)が発生します。

これを、1日単位ではなく、月・年単位で計算することができるようになるのが「変形労働時間制」です。例えば、ご紹介する裁判例で問題となった「1ヶ月単位の変形労働時間制」では、月初は忙しいが月末は暇というような場合、1週目を48時間とする代わりに、4週目は32時間に設定する、ということが可能です。

しかし、「変形労働時間制」にも制約があります。それは、変形期間(1ヶ月以内)の平均労働時間が、1週間当たり40時間以内でなければならない、というものです(労働基準法32条の2第1項、32条1項)。

先の例でいうと、1週目を48時間(+8時間)とするなら、他の週から8時間を削る必要がある、ということです。

なお、1年単位の変形労働時間制は、1ヶ月を超え1年以内の期間を定め、同期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間を超えないことを条件として、業務の繁閑に応じ労働時間を配分することを認める制度ですが、労使協定によって制度内容を定める必要があり、また対象期間における労働日や労働日ごとの労働時間に関する細かな制約があるなど、要件がより複雑であるため注意が必要です。

ご紹介する裁判例で認められた事実

⑴ 各店舗の店長は、時間外労働の上限を月30時間以内にするよう指示されていた。

⑵ これを受け、店舗Zの店長は、所定労働時間(Yの就業規則では、1ヶ月を平均して1週間40時間と定められていた)に、あらかじめ30時間を加算して、シフト表を作成した。

⑶ 共有パソコン上のシステムでは、基本的に従業員が「出社」「退社」を打刻することで労働時間が記録されていくが、店長がこれに修正を加えることもできるようになっていた。

裁判所の判断について

争点①:「変形労働時間制」の有効性について

「変形労働時間制」は、比較的自由に労働時間を設定できるところに魅力がありますが、上記3⑶で説明したような制約(=変形期間の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならない)があります。本件では、所定労働時間にあらかじめ30時間が加算されていました。Yにおける所定労働時間は、「1ヶ月を平均して1週間40時間」とされており、これにさらに30時間を加算しているわけですから、上記制約を逸脱していることは明白です。

これにより、Yの「変形労働時間制」は無効とされてしまいました。「変形労働時間制」が無効になると、労働時間は1ヶ月単位ではなく、通常どおり1日単位で計算されてしまいます。「1日8時間・週40時間」を超える部分は、直ちに時間外労働となってしまいますので、Yが想定していたよりかなり多くの時間が、時間外労働時間と評価されてしまうのです。

争点②:実労働時間について

次のような具体的事実が認定され、いわゆる「サービス残業」の実態が認められてしまいました。

・「退社」と打刻された後に、業務に関するメールが送信されている。

・「退社」と打刻された後、相応の時間が経過してから警備がセットされている。

・多くの月で、時間外労働がちょうど30時間となっている。

・休憩の終了時刻と退社時刻がほぼ同じ時間で記録されている日が多数ある。

本件では、店長が事後的に「出社」「退社」の時刻に修正を加えることができたという事情もありましたので、「実際に労働があったと思われる時間」と、「システム上に打刻された時間」との間に矛盾があったり、不自然な点があったりすると、実態を反映しない恣意的な修正があったと疑われるわけです。

上記判例から学ぶべきポイント

・「変形労働時間制」を採用する場合、法律上の要件を満たしているかどうか、必ず弁護士に相談しましょう。

労働時間を事後的に修正できるようなシステムの採用は望ましくありません。

・タイムカード等で労働時間の管理を行う場合には、実態を反映させるよう徹底しましょう。打刻前や打刻後に仕事をさせてはいけません。

(弁護士 船岡亮太)

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