勤務中の事故の責任は誰が負うのか?
従業員が勤務中に交通事故を起こしたり、何らかの事故で第三者に怪我を負わせてしまったりするケースを時々耳にします。被害弁償は当然のことですが、被害者に賠償金を支払った従業員は、会社にその一部の負担を求めることはできるのでしょうか。それとも全額自己負担となるのでしょうか。
この問題がようやく最高裁判所で決着しました(最判令和2年2月28日・民集74巻2号106頁・判例時報2460号62頁)。
目次
1 事案の概要
勤務中に交通死亡事故を起こしたトラック運転手Xが、被害者遺族に対して約1500万円の賠償をした後、運転手Xが自分の会社Yに対して求償した事案です。
2 使用者責任とは?
従業員が違法行為により他人に損害を与えた場合、従業員本人のみならず、会社も責任を負うことがあります(民法715条1項)。これが、いわゆる使用者責任です。
本件では、運転手Xのみならず、会社Yも使用者責任を負います。
3 求償とは?
求償とは、自分の責任部分を超える部分の返還を求めることです。
もし、会社Yが先に全額賠償すれば、会社Yは運転手Xに対し、その一部を求償することができます(民法715条3項)。
もっとも、求償できるのは、「事案の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」とされています(最判昭和51年7月8日・民集30巻7号689頁)。
4 本件事案について
(1)逆求償
本件は、これとは逆に、運転手Xが先に全額賠償したケースでした。この場合に、運転手Xが会社Yに逆求償(請求する側とされる側が条文と逆になるので逆有償と言われています。)できるかどうかについては、条文もなく、議論がありました。
(2)伝統的な考え方(代位責任説・原審の立場)
伝統的な考え方として、「本来的には行為者(従業員)に責任があり、使用者責任は二次的な責任(代位責任)である」というものがありました。
この考え方では、本来責任を負うべきは従業員なので、会社への逆求償は認められないことになります。本件の原審である大阪高等裁判所はこの立場に立って、運転手Xの請求を棄却しました。
(3)今回の最高裁判決
しかし、上記の考え方では、会社Xが先に賠償した場合と比べて結果が不公平になります。また、逆求償を否定すると、会社Xは運転手Yが先に賠償するのを待つことで自らの負担を免れることができるため、結果的に被害弁償が遅くなってしまうという問題も生じます。
そもそも、使用者責任は、「従業員の活動によって利益を上げている以上、その活動から生じる責任も負わなければならない」という報償責任の考え方、そして「従業員の活動により事業範囲を拡大し、その分だけ損害を生じさせる危険を増大させている以上、その危険から生じる責任は負わなければならない」という危険責任の考え方から認められているものです。
先にご紹介した伝統的な考え方のように、使用者責任を「二次的な責任(代位責任)」と考えるのは妥当でなく、一次的な責任(固有責任)と考えるべきなのです。
5 まとめ
今回の最高裁判例は、以上のような理由から、逆求償を肯定しました。
逆求償が肯定されるということは、従業員のミスについて、「それはあなたの問題だから、自分で話をつけなさい。」という態度を採って従業員に全責任を負わせることはできないということです。
もちろん、事案によって個別具体的な判断が必要となりますが、従業員のミスにより生じた損害の解決を、従業員自身に委ねることは、控えた方がよいでしょう。
なお、本判決には興味深い補足意見(多数意見とは別に裁判官が個別に述べる意見)が付されています。本件は、会社Yが事業に使用する車両全てについて任意保険に加入していなかったという事案でした。補足意見からは、そのような経営判断に対する強い非難と、「運転手Xよりも、会社Yが損害の大部分を負担すべきである」というメッセージを感じ取ることができます。
余力のある方は、是非ご一読ください。判決文は裁判所ホームページに掲載されています。こちらからどうぞ。
(弁護士 船岡亮太)
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